アルジャーノンに花束を

ひとりごと

みなさんこんにちは!これを書いてるのは4月25日(土)なんですけど、今日は寒くもなく暑くもなくちょうどいい陽気でした。
空はカラッと晴れて、自粛がなければ、ひきこもり気味の自分もでかけたくなる1日でしたねー。

アルジャーノンに花束を

みなさん「アルジャーノンに花束を」って小説知ってますかね?
自分はずいぶん前に読みました。海外の小説なんですけど、日本でドラマ化もされてるのでご存知の方も多いと思います。もし知らない方はウィキペディアにもあらすじが書いてありますので見てください(笑)
でもせっかくなので最後の方をちょっとだけ引用させてもらうと、、

彼は経過報告日誌の最後に、正気を失ったまま寿命が尽きてしまったアルジャーノンの死を悼み、これを読むであろう大学教授に向けたメッセージ(「ついしん」)として、「どうかついでがあったら、うらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやってください」と締め括る。

出典 Wikipedia

この最後の場面から「アルジャーノンに花束を」という題名になっています。

ブログを読んで…

先日ブログ仲間の方がこのような記事をアップしていました。

認知症について思うこと
世界中でコロナウイルスが蔓延していますが、あえて認知症について書きます。というのは、先日散歩していたら認知症のお婆さんにいきなり手をギュッとにぎられたからです。私の父も認知症でした。父のこととそのお婆さんのことがリンクして、ある思いが再現し

このブログを最初読んだ時は、「あー、災難でしたね!!」って思っただけだったんですが、よく考えると、うちの母親のことですが、痴呆ってほどではまだないんですけど、最近会話が噛み合わないような事に出くわす事が時々あるんですよね…で本人もちょっと戸惑うような素振りもあって、ふと「アルジャーノンに花束を」思い出したんです。

老いる悲しさ

自分がだんだんと出来てたことが出来なくなる、覚えていたことを徐々に忘れていってしまうことって何か悲しいですねー。年老いていく事は周りも辛いし、なんと言っても本人が一番辛いんだと思います。でもあらすじの最後の部分を引用しましたが、人を思う心が最後残ってれば(アルジャーノンはネズミですが…)何か救われるような気がしてます。でも実際に痴呆症の介護してる方のブログ読んでみると、ホントに徘徊とか大変ですよね…自分の知り合いも父親が痴呆になって徘徊して、よく警察から電話がかかってきてました…(T_T)

長生きって幸せなの?

まぁ一般的には長生きした方が幸せなんだろうなと思いますけど、高齢化社会は経済的な問題というより身体的な問題の方が実は大変だろうなと思いますね。働けるような状態であれば、良いのだろうけど、身体に問題があればキツいですよね…(T_T)

特に結論という結論はないんですけど、なんだか悲しいなーと思った次第です。

また子供のようになっていく

うちの親もそうですが、老いるとだんだんと角が取れていって子供のようになりますね(笑)老いるとはまた元の状態に戻ることだとも思ってます。もう親というより手のかかる子供です(笑)昔はしっかり者だった親がだんだんと弱ってきて、子供のようになっていくのも、それはそれで寂しいとこはありますけど、しょうがないですね^_^

いずれにしても今までお世話になった分、恩返しもしていこうかなと思ってますね。

今回もいつもように思いついたことをテキトーに書いてしまいました(T_T)。こんなブログでよかったら、また来てください(笑)


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